>>760
廃太子が私の唯一の目的ではない。
しかし、廃太子論は大事だ。そして、旧皇族復帰についても、大事だといえる。
これらはどちらを優先するという問題ではとらえられない、表裏一体の問題なのである。


あくまでも私見なのだが、
この廃太子問題、そして旧皇族復帰問題、さらには、
憲法改正、歴史観問題、国防問題、経済構造改革、教育問題、などなど、
これらは「戦後」の総決算、あるいは「戦後」の否定につながる一連の改革として、
ひとつの文脈としてとらえなければならないのではないか。

私が思うに、こうまで東宮殿下ご夫妻に対する中傷が盛んなのは、
東宮殿下ご夫妻が、「戦後的人格」「戦後的家族像」といったものの象徴として世論から見られているからではないだろうか。
おそらく、GHQが設定した戦後の皇室というものの、行き着く先が現在の東宮殿下なのであり、
お后の雅子妃殿下のキャリアと現在なのだと思う。

そう考えると、紀子様という、メディアに初めて登場したときにはいささか時代錯誤に見られた存在が皇室入りしたというのは、
「戦後」の流れへの逆行であり、そしてその当時においても、さらには現在においても紀子様の人気が高いというのは、
我々日本人の中に、GHQが設定した「戦後」という時代・システムへの、本能的な反発が潜んでいることの表現なのではないかと思う。