>>51
というか、貞成親王別系統説って、親王本人が書いた「看聞御記」が論拠になってるわけでしょ。
「看聞御記」の記述から、貞成親王居候説が出てきたわけだし。それ自体は熊沢天皇とは無関係。

熊沢天皇は貞成親王を足利義満の不義による落胤であると言っただけ。
そんな資料はどこにもないし、完全なデマ。
でも貞成親王別系統説は、「看聞御記」と「纂輯御系圖」の二つの資料が示していて、
100%証明は出来ないけれど、反証も出来ないという状態。つまり継体天皇断絶説と同じような状態だね。

要するに中世の実子の概念というのが、今みたいにDNAの存在を知らず、
セックスと妊娠の関係が漠然としかわからなかった時代なので、現在では考えなれないほど広い概念として実子を捉えていたということを
理解しなければならない。
血のつながりはなくても、当時の考え方では貞成親王は伏見宮栄仁親王の実子だったのです。
当時の考え方では万世一系は保たれていたわけで、現代のDNA論を押し付けることがナンセンス。