【皇位継承】万世一系の皇統を守る7【男系維持】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0051エージェント・774
2006/03/15(水) 21:21:52ID:t2UbgpTt貞成親王の父を不詳とするのは幕末維新の頃に作られた「纂輯御系圖」。
トンデモ派(=後南朝派)はこの系図をやたら権威のあるもののようにいうが
でたらめで、実は誤りが多く使い物にならない。これを作った某三流国学者
は幕末にすでに女系容認説を唱えていたキチガイの元祖。むろん誰からも
相手にされてない。
「纂輯御系圖」の伏見宮「貞成親王 父不詳」の記事も誤植。
その後「貞成親王 母不詳(藤原法印娘)」と訂正されている。
しかし「纂輯御系圖」の編集者が知らないだけで、
貞成親王の生母は「阿野中納言三条実治の娘、藤原治子」。
この「父不詳」にこじつけて足利義満の子だと言い出したのは戦後の熊沢一派。
(熊沢のブレーンに渡辺という偽史マニアがいて珍説を量産していた)
(義満の妾妻は日野宣子、日野業子、日野康子、藤原慶子、摂津春子と
5人いたが貞成親王の母に該当する女性はいない。当たり前だが)
貞成親王は中世史の根本史料でもある「看聞御記」などの著者であり
中世史専門の学者の間では最も詳しく知られた人物の一人。
そんな人物にとんでもない謎などそうそうあるわけないし、実際に
そんな説は学界にもまったくない。もし学問的な説たりうるのなら
左翼学者が面白がって散々とりあげただろうが、そんなことも一度もない。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています