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■高橋紘のとんでもない誤謬について
朝生で
「明治時代より前は大半の国民と天皇は無く、国民に浸透してきてたのは
 近代、特に戦後です!」
と 言ったのは 高橋紘だけども
これについては 以下の話を 掲げたい

江戸期に 京都から 代々 東国の幕府側に 出されていた
旧宮家の父祖 伏見宮の
東国の天皇とも ゆーべき 輪王寺宮に 拝謁するときは 
加賀百万石の殿様でも 隣の別室で土下座していなければならなかった
それ以上は 近寄れない
征夷大将軍でやっと 対等 の形式で対座できる
ところが 一方で
身分いやしいものは 人間とみなされず
いわば 「物」あつかいの時代だったんで
逆に 気楽に いろいろいっしょに 話することができた
そのため 江戸町人には 植木屋・菓子屋なんかの 出入りの業者が
上野宮様と 将棋とか差したり 茶とか飲んだり ってな
神話的情況が まれに 生まれてる
そのうわさは 都市伝説となって
当時の江戸っ子にとっては
将軍様よか 輪王寺宮様は 身近な存在だった
将軍は おさむらいさんの御主君
けど 上野宮様は 江戸庶民の神様みたいなもんだったんだな

京都には 京都で
天皇と庶民にまつわる 江戸期の話も あんだろけども
旧宮家の 父祖である 伏見宮系皇族 輪王寺宮を
反論の 逸話として 出すことで 
二重 三重の 効果を ねらえたはずなんだけども
一系護持派の学者は
やっぱ 薩長土肥の史観や 司馬史観に いかれちゃってるからか
だあれも そんな 逆転技 繰り出さなかった
かなしーーー さびしーーー

それと 三連続カキコ わりー みなさんがた 許せ
さよなら