われわれは歴史の進歩、人間の解放というものをもう一度よく考える必要
があると思う。それを忘れたことが、今日の反動勢力の隆盛につながって
いる。

進歩というのは、けして、自由や民主主義といった理念を形式的にあてはめ
て得られるものではない。

歴史の運動は、ダイナミックな動態であり、わかりやすく言えば一種の波の
ようなものと考えられる。もちろん正確には弁証法の理解がなければならない
が。われわれの正しい実践はその波の接線に沿った、動態を前に推し進める
ような方向性を持った働きかけでなければならない。

ここにこそ、われわれの主体的実践の科学的「真理性」という範疇が存立する。
真の民主主義国家における国益とはまさにこの方向性のことである。

自由や民主主義、多数決主義のドグマを形式的に当てはめることは、けして
このダイナミクスを実践的に捉えるものではない。

ダイナミクスの接線を適切に捉えることが真理の「認識」なのであり、そのような
実践こそが、真に科学的な真理的実践であり、客観的な科学的「認識」と個人の
主体的「実践」との、勝義的、究極的な「統一」、最終「革命」に他ならない。