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坂上香「私が見たNHK番組「改編」と過剰な自主規制」(上)『創』2002年1・2月号より

> 企画はNEP21から持ちかけられた
> しかし、途中でこの2回シリーズは4回へと変わった。2回では通らない可能性が高いことを懸念
 して、教養部が企画書を書き直すことになったようだった。(中略)
> 10月半ぱ、番組にゴーサインが出た。教養部のC氏が部長に直談判して15分で通した、
> 私自身、特に異論はなく、企画が通ったということにひたすら驚いた。さらに、第2回の番組の構成
 や編集方針に関しても、イニシアチブを取ったのは局側といえる。
> この「法廷内の世界のみ」という方針自体に偏りがあり、問題だとするのだろう。実際、教養部の
 部長から私たちはそのような指摘を多々受けた。しかし、私はそうは思わない。
 そもそも44分という限られた時間枠の番組一つで、全ての視点を含むことなど物理的に不可能で、
 幻想である。ETVは政見放送ではない。右派、左派、中道派の意見を均等に入れ、賛成、反対、
 そのどちらでもないという様々な意見がありますよ、と知らせることが「公平公正」だと考えている
 なら、視聴者をバカにしていることになり、その短絡的な見解自体に問題がある。
> 教養部の部長試写が行われる、と聞かされたのは、1月に入ってからだった。(略)1月19日に
 行われた最初の部長試写には立会っていない。しかし、滞在先に報告が入り、大きくモメたことは
 聞いていた。「法廷との距離が近すぎる」「企画と違う」「ボタンのかけ違いは修正できない」
「お前らにハメられた」「このままではアウトだ」等々。部長は激怒し、番組そのものを否定する
 ような指摘をしたという。しかし、具体的な改善点が全く提示されなかったため、関係者間で
 部長の意向を推測しながら、修正点を検討する他なかった。
> 1月24日、2回目の部長試写が行われ、私も参加した。(略)
 ここでも再び、部長によって番組の趣旨が完全否定された。「全く変わっていない」「これじゃ
 出来レース(結果がすでにわかっているという意味だと思われる)」「完全なボタンのかけ違え」
 ……。
 前回と違ったのは、部長からの具体的な修正案が幾つか出されたことである。ただし、部長の
 発言はどれも単なる思いつきとしか思えない軽いものであり、最初は彼の意図がどこにあるのか
 読めなかった。

> 続いて、スタジオ対談部分の米山氏の発言が否定された。彼女の発言とは、次のような内容であった。
 元「慰安婦」の証言を聴く側の私たちは、証言に圧倒されてしまう。そして、沈黙してしまう。その
 こと自体は自然な反応で、仕方のないことである。しかし、聴く側がそのまま沈黙し続けるのは間違っ
 ている。なぜなら、元「慰安婦」が証言する背景には、自分達の身に起こった被害に対して、聴く側に
 何らかの手だてをして欲しいという要求があるのだから。
 これは、第2回の根幹になるメッセージでもあった。「法廷」は、「加害者を裁いて欲しい」という
 被害者の要求に基づいて行われた。これが否定されるとなると、全く違う番組を作り直せ、と言われて
 いるようなものである。私は部長に反論した。今回の番組は、証言を聞くことの重要さから出発して
 いること。それをどう受け止めるか、という私たち「聴く側」の姿勢を問うている米山氏の発言は、
 番組の要であることなどを告げた。それを聞いた部長は、激怒した。その後議論は、米山氏を番組から
 はずすか否か、第2回の放映を中止するか否かにまで発展。しかし、どれも本気で考えているとは思え
 ないような議論だった。