うーん、チャットの時は全然荒れないんだけどなぁ。

様々な問題がある以上、意見の食い違いはあると思います。
だけどその意見の食い違いがどこから来るものなのか、
認識の違いからなのか、思想の違いからなのか。

認識の違いから来る意見の対立であれば、その溝は必ず埋められます。
思想については人間形成に寄る部分もあるため難しいとは思いますが、
意見が全てにおいて食い違うということはないと思います。

個人というものを認めて、その意見を否定するのではなく尊重し、
話し合いにより共通認識を深め、意見が共通するものに関しては
まとまって行動を起こす。

政治や個人の繋がりが崩壊してしまっている今こそ、
政治についてあらゆるしがらみを越えて話し合いができる場所、
あらゆる団体や階級の壁を超えて、大きな問題に向かって行動できる、
拠り所になる場所は必要とされていると思います。

>エラさん
創価学会や在日外国人などの「個人」「人」は敵ではありません。
犯罪や不正行為に及ばなくてはならないを結果を作ってしまうような
「構造」こそ問題であり、憎むべきものです。

そして、「構造」に関しては必ずしも固有名詞を上げなくても
言及でき、理解も得られるのではないでしょうか?

例えば、ある政党の議員の秘書が経費の水増しをしたとします。
それは制度上、政治資金規正法という構造がザル法だから可能なのであって、
透明性の高い精度であれば、余程悪意があり、議員と秘書が詐欺的に行わなければ
起こりようがないとは考えられないでしょうか?

制度があれば悪用する人間は必ず生まれます。
保障については悪用防止の徹底は生存権にも繋がるので
難しい問題もあると思いますが、できる限り悪用を防ぐ手立てはあるはずです。

もう人と人との間に対立構造を作るのは終わりにしましょう。