バングラデシュでバスの運転手をしていたというパベルは、
生活に困窮し伯父のジュリップ氏に相談。
「300万円払うなら日本での仕事を手配してやる」と言われ、
来日を決意したそうだ。
だが、ジュリップ氏が用意した日本での労働環境は劣悪なものだった。
家はなく、カマロと二人で店に寝泊まりし、
丸椅子やテーブルを並べて寝るという生活だったという。
賃金もジュリップ氏が管理し、二人は手渡しで給料をもらっていた。

一方、ジュリップ氏は比較的裕福な暮らしをしており、
当時はまだ普及していなかった携帯電話を持ち、
妻と子供たちを連れてディズニーランドに遊びに行ったりもしていたようだ。
ジュリップ氏のインドカレー店は二年と持たずに閉店。
その後、パベルはジュリップ氏の指示により、
偽名を使ってイタリアンレストランで不法就労するようになったという。