彼が死んでから幾つもの季節が私を通り過ぎて行った。
 星が移ろい時代が変わり子供から大人になっても、人の心は変わる事はない。
 私の心には死んでしまった彼が住んでいる。でも、彼を失ってしまったからぽっかりと穴が開いている。
 いくら戦争で仕方がなかったとしても彼を見殺しにした人達に対してはわだかまりがある。
 けれど、それは表には出さない。
 彼は優しい人だったから、私がわだかまりを露にすると悲しむだろう。
 私は彼に嫌われたくないからわだかまりを厳重に封じ込めている。
 でも、一度だけ怒りに我を忘れた事がある。それは遠い昔の忘れてしまいたい事柄の一つだ。
 今日は彼の命日。私は彼が眠る慰霊碑に赴いた。
 慰霊碑は静かで神秘的な雰囲気を作り出している。
 周囲には色とりどりの花が彼の代わりに精一杯に力強く、美しく、香しい匂いが溢れる様に咲き誇っている。
 その健気な姿に傷付いた心が癒される。
 目を閉じると在りし日の彼の姿が浮かんで来た。彼は私に向かって微笑んでいる。
 不意に静寂を切り裂く様に騒がしくて無神経な足音がした。
 目を開いて振り向くと、何処かで見た亊のある顔があった。
 彼を見殺しにした人達の一人だ。
 私はそいつを無視して慰霊碑に向かって手を合わせる。そいつが私に挨拶などをして来るけど。私は無視する。
 今日でなければ、此所でなければそれなりに愛想を振り撒いても良いけど、今日という日、此所という場所では無理。
 もとよりそいつが私の心に入り込む余地などは全くない。
 それでもそいつは私に向かってペラペラと話しかけてくる。
 あまりにも五月蠅いので少しだけ相手をしてやろうと振り向くと、綺麗な花束を差し出された。
 私がきょとんとしながら黙っていると、機関銃のような勢いで言葉を撃ち込んできた。
 でも、言葉は右から左にすり抜けていく。
 解った事は、その花束を私にくれるという事だけだ。
 丁度良い。花束を慰霊碑に供えてしまおう。
 花には罪はない。そいつから花束を受け取ってそのまま慰霊碑に供えると、風が強くなってきた。
 空を見上げると彼の姿にそっくりな雲が浮かんでいる。
 ――私は思い出を抱き締める様にその雲にいつまでも手を振り続けた。

――幕。