福岡市中央区、赤坂。けやき通りから坂を上がると、緑地や、一見してセレブな家が随所に立っており、古い武家屋敷などもある。
そんな高台の高級住宅地の中、一軒の木造の建築物があった。表札が読める。SO.NO.DA.園田。洋装白塗りで、屋根は緑。
若干の庭には一本の桜の樹がある。あいにくと葉桜の頃も少し過ぎて、若葉が明るく萌えていた。梅雨入りにはまだ間がある。
既に初夏の日差しが溢れていた。光に満ちた博多の海。坂の向こうの青い空を、雲は流れてゆく。二度と再び帰っては来ない。
ただ流れて―。果てから風が吹く。

 男がうつぶせに倒れている。よく見ると、体の下から赤ん坊の腕のようなものが出ているのが見える。
まるで、恋人をかばって死んだかのように、二人は折り重なって倒れている。だが、この小さな世界には、生きているものはいない。
男は何を守ろうとしたのか。男の体の向こう、ガラス越しに、冬枯れた桜の木が見える。辺りは一面銀化粧。
夜のうちに降り積もった雪は、背景を白一色に染めていた。しんとして音もない。

 「うーっ、寒いっ。ホトケさん、自殺で間違いなさそうですね、ただ女物の靴の跡は気にかかりますけれど。
 笹石さんはどう思います。」
 「この人には女性がいたんでしたねえ。彼女の靴を調べてみてください。ああ、缶コーヒーを一本帰りに頼みますよ。
 私はもう少し家の中を調べてましょうかねえ。」
 「わかりました。」
部下は背を向け、歩き出した。

 こんにちは。私の名前はさつきと言います。今から少しお時間をいただいて、私の人生を狂わせたあるできごとについて、お話をさせてはいただけませんか。
そして、私の罪を罵ってください。罪な女と罵倒してください。私には、そうされる理由があるのですから。私は、一人の人を殺しました。
これからお話しするのは、世にも奇妙な、そして何物にも優って美しい憎しみと、汚れなき愛の物語です。それでは、まいりましょう。

 さつきは心を痛めていた。最近、恋人の園田―彼女はソーダと呼んでいた―が、どうも自分の殻にこもりがちなのだ。彼の親友の中井にも聞いてみたが、どうやら彼女の前に限らず、どこでもそうらしい。
 「最近は家からも出てないんじゃないかな。あいつの家、ほら、坂の上の。この前二回くらい通ってみたんだけどさ、いつ通ってもあいつの原付があるんだ。」
同棲の話なども出ていただけに、決して他人事ではない。最近は電話しても留守電になることが多かったな、などと思う。
何か傷つけるような言動をしたかどうか振り返って考えてみるのだが、さっぱり身に覚えはない。さつきは、彼の家に行ってみることにした。