俺は窓から空を眺める。青色のキャンパスにはまだ誰も手を加えていない。
視点を少し下ろしていくと海が見える。水平線は空と混じり、白波がなければ一面が空のように見える。
ついこないだまでは俺は確かにあの海と戯れていた。あの空を風と飛んでいた。
しかし今はもう叶わぬ夢。鉛の身体は海へと沈み、折れた翼は地へと落ちる。
俺は夏の初めに交通事故にあった。なんということはない。横断歩道を渡っていたらトラックに衝突されたというよくあるものだ。
命には別状はなかった。それは不幸中の幸いである。しかし俺は命の代わりに手足を失った。
事故の後、彼はそれに気づいた。目が覚め、起き上がろうとするがどうにも手が動かない。
近くにいた医師は奇跡的にも軽症で済んだ。少し入院すればすぐに調子もよくなる。今、身体がだるいのは薬のせいだ、と話していた。
しかし、男は思う。トラックに真正面から轢かれておいてちょっとした切り傷で済むなんてことがあるのだろうか。
あの医師はきっと俺のことを気遣っているのだろう。二度と動かない手足に希望を持たせてくれているのだろう。男はそう確信した。
俺はたった一回の事故で全てを失った。医師が希望を持たせても動かぬ手では希望は握れない。未来へ行くには足は使い物にはならない。
これからずっとこの病室から四角い空を眺め続けるのだろう。今は見舞い客が来てもやがて家族からも忘れ去られるだろう。
そして医師からも見放されて俺はゆっくり死んでいくのだろう。そう考えるだけで死にたくなってきた。しかし身体が動かぬゆえに死ねない。
そういえば俺と似た状況の映画があったような気がする。記憶の海に網を放り投げて引き上げる。思い出した。
確か「ジョニーは戦場へ行った」だ。いや、「地雷を踏んだらサヨウナラ」だったかもしれない。まぁそんな映画だ。
主人公がなんでか知らないが全身が動かなくなり、さらに触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚を奪われてベッドに寝るというものがあったはずだ。
あれよりかは幾分ましか。手足は動かないもののシーツの滑らかさはわかるし、雨の匂いもわかる。美味しくない病院食の味、事務的な看護師の声
そしてあの青い空が見える。そうだ、あの映画より幾分ましじゃないか。俺は少し嬉しくなった。
だがしかし、手足が動かない事実は変わらない。人にとってどちらも不可欠なものじゃないか。俺は運動が好きだった。しかしもう出来ない。
やはり俺には希望はないんだ。俺は再び絶望の淵から飛び降りた。

コンコン、と控えめなノックの音がした看護師も医者もこんな静かに叩かない。それだけで来客者がわかる。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは俺は可愛らしい妹だった。予想通りである。
兄、ということもあるのだろうか。妹はお世辞抜きでとても美人である。常々そう思う。
性格もよく出来ていていかにも大和撫子な妹は俺の唯一残された自慢である。
俺はそこまで考えて苦笑した。少しシスコンなのかもしれない。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。しかしすまないな。こんなところまで見舞いに来させてしまって」
「そんなことないです。当然のことですから」
妹はいつもこのとき悲しそうな顔をする。やはり俺が怪我をしたせいで私生活に支障が出ているのだろうか。
週に一回とは言っても貴重な休日である。妹だって友だちと遊んだり、もしかしたら彼氏とデートしたいかもしれない。
「別に俺は月に一回でもいいんだぞ? そんな頻繁に来ても何も変わりはしないさ」
「それでは私の気が治まりません。でもご迷惑とおっしゃるなら……月に一度にしますが」
「いや、そんなことないよ。とても嬉しいよ。最近は他の人間も来ないからな。加害者も一回しか来なかったしな」
妹は一瞬目を伏せたが目を上げたときには笑顔になっていた。やはり妹はかわいかった。

私は彼と少し話しをした後、失礼させてもらった。
病室から出て受付の前を通ると看護婦さんに止められた。彼を担当している人である。
「どうだった? 彼」
私は首を横に振った。
「そう……。でもあなたが毎週来るようになって彼も少し元気になった気がするわ。ありがとね」
「いえ、私は父の罪滅ぼしをしているだけですから」
そう彼女は言うと精神病棟を後にした。


むしゃくしゃして書いた。今は滅茶苦茶反省している。含みを持たせようとして失敗してぐだぐだになった。