ペアノを持ち出して紛糾するとすれば、早計だった。議論したいのは suc(a)の意味でなくて、
数学的帰納法の文脈での suc(a)の働きだ。i) 0で確認した「後」、b=suc(a)で確認するという
順序をふむのか、ii) 0での確認と、aの確認を仮定しsuc(a)で確認するのが、まったく独立な
こと、と考えるべきなのか、の議論をしたいわけか。こんなペダンティックなことは、
オレはどうでもよい。数学的帰納法は必ず i) の順で記述され、かつその結果、より多くの
仮定をもたらしてくれるのだから、そちらをとってよいだろう。