>>627
> 存在しない?「5×3がマルで、3×5はバツです」がそれの典型だから、そもそも掛け算順序問題が議論になったんだろうが。

問題に対するその単純化、ないしは省略がありもしない問題を無駄に議論する原因なんだけどね、何度も説明したけれど。
数の場合を復習しようか。かけ算導入直後、「2+2は2×2=4、2+2+2は2×3=6、じゃあ2+2+2+2は?」と問うたとする。
もし「4×2=8」と答えてきたら、残念ながら「2×4=8」に訂正せざるを得ない。規則性を使って欲しいからだ。覚えるためにもね。
しかし、数のかけ算については現状、ほとんど拘らない。交換法則履修後、「2×3と3×2は同じ?」との問いに、ほとんどが「同じ」と答えてくれるよ。

そのことは本来の自由派も承知している。固定派は数のかけ算では拘っていないとね。自由派が問題視するのは、文章題のほうだ。
いわゆるサンドイッチ方式だな。兎の耳のかけ算なら、2(本)×3=6(本)というフォーマットだ。
これも慣れるまではこうしたらいいよ、という程度のものだ。よく間違う生徒にはやや厳格に適用することもある。
文章題からの読み取りで、どう間違うか次第だけどね。

> 都合の悪いことは目を逸らせば存在しないというのは、幼児と政治家と報道関係者に特有の考え方だが、教育関係者もそうなのか?

もしあったら都合の悪いことを考え出して、一生懸命に連呼するのは、どういう人に特有の考え方なんだろうねw

でまあ、マジキチの固定バカもいる。似非自由派が十年一日のごとく取り上げる例でこんなのがあったな。
文章題を正しく絵に描けている。しかし、サンドイッチ方式の立式をしない生徒を誤答扱いした。
そんなバカげた論考だった。その類なら全面否定していい。事例として例外レベルだけどね、数が。
自転車の喩えなら、乗れない子にはしばらく補助輪つけるが、補助輪付きで自在に乗りこなせとは求めないということだな。むしろ早く外したいわけだ。