現代数学の系譜11 ガロア理論を読む15 [転載禁止]©5ch.io
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0256現代数学の系譜11 ガロア理論を読む
2015/09/05(土) 10:58:06.05ID:LkHxIayp私は「数学が解る」というのは論理の問題ではなく、感覚ないし情緒の問題であると思っている。 私は一高同期生の文集「嗚呼向陵」で「だらしのない私」として書いたごとく、周りにまったく学問の気配のない家庭環境の中で育った。
小学校(国民学校)では算数の成績はよかったが、それは数学とはあまり関係なかろう。 ただ小学生の時分に読んでいた雑誌は誠文堂新光社の「子供の科学」であったから、その頃から理科に関心をもっていたことは確かであろう。
そしてそれを決定づけたのは中学1年の時、若い数学教師が授業時間をつぶして読んでくれたガモフの「不思議の国のトムキンス」の最初の章である。
それで相対論とか量子論とかをまともに理解したくなり、神田の本屋での立ち読みによればそれには偏微分方程式が解らなければならないらしいことを知り、微分積分を勉強したくなった。
そこで「初等数学で解る微分積分学」という本を買い込んでこつこつ読み始め、極限の求め方なども練習問題を解きながら勉強してみたがなかなか微分の所まで進まず、解ったような気がしなかった。
その頃、まだ勤労動員で工場へ行く前であるから中学2年の夏頃だと思うが、級友の一人から『微分積分をするならこれが解り易いぞ』と教わったのが、考え方社の藤森良夫「微分学学び方考え方と解き方」である。
さっそく買い込んで読み始めた。 それは極限の求め方などの議論は飛ばしていきなり微分計算を始め、すらすら読めて楽しかった。 ここで私は数学は論理ではなく感覚ないしはイメージであることを最初に感じた。
そのほかに中学の頃に私に強い影響を与えたのは高木貞治の「近世数学史談」である。
最近では私は数学は論理ではなく感覚だとの感をますます深めている。 数学の天才とは結果は最初から解っていて、ただそれを人に説明するのに苦労する人間であると思っている。
以下略
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