「全てを知っており、未来も予見している知性」については、
遥か昔から人類は意識しており、通常それは「神」と呼ばれている。
「全知の神」と形容されることもある。
そのような存在についての様々な考察は、様々な文化において考察された歴史があるが、
ヨーロッパの学問の伝統においては特に、キリスト教神学やスコラ学が行っていた。
デュ・ボワ=レーモンはそのような学問の伝統を意識しつつ、
あえて「神」という語を、「霊」という言葉に置き換えて表現している。