>>110
その主張が正しいとしよう。イタリアのピサの斜塔やスペインの闘牛場とかにも数学を使っていることになるが、
イタリアはまだしも、広大なスペインの数学者というのは余り聞かない。イギリス、フランスやドイツの数学者はよく聞く。
と、同時に、西洋の音楽や絵画には数理的美がある。人間が美しいと感じる音階には数理的規則がある。
そういう芸術関係になると、フランス人やドイツ人の他に、何故かイタリア人やスペイン人が多くなる。
芸術でも、国や場所によって盛んな場所とそうでない場所がある。
同じ北欧に限っても、ヘルシンキの数学者や芸術家は余り聞かない。
このように、西洋でも国や場所によって職人肌の数理関係者(数学者や数理的美を感じさせる芸術家など)が現れる頻度は異なる。
一方で、エジプトや中米のピラミッドとか、他にも日本の円い焼き物とか、数理的美を感じさせるモノはあるだろう。
そういうモノに高度な数学を使っているとは思えん。こういうのは、何より感覚と経験が重要だと思うが。

これから推測するに、職人肌の数理的技術が民族に浸透したか否かは偶然だと思われる。