もし参加し得るのにもかかわらず、IUTが間違っている匂いを嗅いだためという理由で参加しないという
大物がいるとしたら、その人は「分る人が一部にはいるのに自分は分らない」という悔しさを自分に対して
欺いて覆ってしまっているためにその言い訳が言い訳であるとさえ気づけないで、
それどころか、IUTが間違いであるというその自分の直観に麻薬のようにリアリティを感じて酔っているいるようなものではないか?
なぜなら、それだけ嗅げているのなら、それこそ参加して、間違いを明るみに提示すればいいだけのことだからだ