>>557
知性を感じません。論難することなしに、論理的に反対の意見を述べてみなさい。
仮に反対の意見を試みても、本質的に結論を左右するに至ることは、無理でしょう。なぜなら、間違いないことは、間違いないからです。それは、道理だから。

もっとも、Kim.さんが超一流などとゆったりする人たちが、ここに来たことからして、一事が万事、ここに来る人たちは、類するコメントをするわたしとは別の種類の人たちだと、推定されます。
このような人たちばかりだと、もっちーも、コメントや意見や反論をするなら、客観的な論証でなされたいと、コメントしたくなるし、その気持ちが、わたしには、よくわかる。

文の意味が理解できるか否かと、文に文法的な誤りや不備があって文が不完全か否かとは、全く同じではありません。言語とは、そういうものです。

もっちーの証明に誤りがないか否かは、もっちーと同様のインテリジェンスを持っている者のみに確認されるより、最終的には、3級から2.5級の数学者によって確認される必要があります。