その研究者固有の貢献があれば良いのであって
「確かな自分の流れ」なんか必ずしも要らん。

ラグランジュの根の置換の研究がガロア理論の下地になった事などを考えてみれば分かる。
根の置換に着眼したのが彼だけではないのだとしても、
彼が一流の代数学者でなかったことにはならない。
高次方程式の可解性のことを深く考察すれば根の置換の問題に辿り着くのは必然なのでね。

実際はガロアはラグランジュの教科書を大変な興奮をもって読んだことが知られているが、
「だから」ラグランジュが一流の代数学者であるという訳ではない。
ラマヌジャンが熱中した 「純粋数学要覧」の著者ジョージ・カーが決して大数学者ではないように。