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数学はただの公理システム

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0001132人目の素数さん2014/08/28(木) 18:25:56.43
すうが
0002132人目の素数さん2014/08/28(木) 18:27:18.99
いかんenterおしたら投稿してしまいました(爆汗
数学研究とか真理探究とか言ってるけど
数理システムは不完全性定理でクラッシュしたから
これ以降研究無効
0003132人目の素数さん2014/08/28(木) 18:35:20.91
まだ宿題終わってないんだろ
0004132人目の素数さん2014/08/28(木) 18:36:14.17
トルケル・フランセーン (著) ゲーデルの定理――利用と誤用の不完全ガイド
http://www.amazon.co.jp/dp/4622075695
0005132人目の素数さん2014/08/28(木) 18:45:14.90
数学ってのは現在は
一階論理を改造したZFCとかいうシステムとモデルVで作られている
ところがVの真理判定能力は巨大でZFCの無矛盾性すら判定対象となってしまう
ところがこれはZFCから出ない
ゆえに人の知性の限界に至ったのである
0006132人目の素数さん2014/08/28(木) 18:51:27.55
ちなみに一階倫理を2階にあげたり
様相論理にしたりということが可能となっている
集合論も半正則とか色々あるし最強である
すなわち世界は広くまた輝かしい
VのほうもV_ωとかLとかに入れ替え可能だし自由度は高い
つまり今ある数学は色々ある数学の中の一部にすぎないのです!
0007132人目の素数さん2014/08/30(土) 11:40:09.57
そう思って慰められるならいいんじゃない?
0008132人目の素数さん2014/09/05(金) 02:38:23.89
色々な集合観があるのは分かるが、その集合概念を使って何が言えるかが(そしてそれだけが)重要なのであって、
「色々あるんだ凄い!」と未来の数学の青写真もなく喜んでるだけなのが哲厨たる所以
改めて自信満々に主張するようなことではない
0009132人目の素数さん2014/10/31(金) 23:20:36.64
誰か>>2に答えてよ
0010132人目の素数さん2014/11/01(土) 20:45:16.45
そう思って慰められるならいいんじゃない?
0011132人目の素数さん2014/11/02(日) 18:42:17.20
>>9
>>8
0012132人目の素数さん2014/11/21(金) 22:14:33.32
>>1
ここで聞けよ

数学基礎論・数理論理学 その15 [転載禁止](c)2ch.net
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/math/1415660285/
0013132人目の素数さん2014/11/28(金) 00:17:00.80
とりあえず、第一不完全性定理に関しては、
>>8の言うように決定可能な命題について研究してるだけで無問題だろうけどさ。

より大きな問題は第二不完全性定理の方で、
(あまり考えにくいことではあるが)ZFC公理系の無矛盾性が証明できないのはまずいだろ。
(まあ、まずいって言っても証明済みなわけで仕方ないんだけど)
もし万一ZFC公理系が矛盾を含んでいる場合、今までの成果も含めて、数学全般が無意味化するのは自明だ

矛盾を含むことも証明できないから目をつむれってこと?
それとも>>6が言うように新しい公理系およびモデルを用いた数学をやるの?
(そこでも同じように不完全性定理が証明されては何の意味もないが)

非常にモヤモヤしたものが残る。
0014132人目の素数さん2014/11/28(金) 01:03:48.36
>もし万一ZFC公理系が矛盾を含んでいる場合、今までの成果も含めて、【数学全般が無意味化する】のは自明だ
そうでもない。これはよくある大きな誤解。


【矛盾した公理系が無意味だ】と言われる理由は、
A→(¬A→B) が古典論理の定理であることから、矛盾した公理系からは何でも証明できてしまうから。
しかし、現実に数学者の行う推論を、古典論理等の単純化・理想化された形式論理と同一視する必然性はなく、
したがって、A→(¬A→B) のような脈絡なしにBを引き出す命題を定理とする必然性もない。
実際、こんな脈絡のない命題が証明できなくても、数学としては一向に困らない。
既存の証明を全て保存したままで、より精密な形式論理が見出される可能性は常に残る。
(ZF公理系を定めてラッセルのパラドックスを回避したように、より精密な集合論で矛盾を回避する可能性もある。
というか、こちらの方が現実的かも)


一方、現実の数学の証明は何らかの単純な規則に基づいていると思われるが、
形式系として規則を明文化すると実際に使われる以上の推論まで許してしまうことになるのは、事実上避けられない。
そのため、数学を形式系と同一視すること自体への疑問もある。
矛盾した公理系は無意味だが、そこから数学全般が無意味と結論するのは決して自明ではない。
0015132人目の素数さん2014/11/28(金) 17:22:09.02
駄作があっても芸術が無意味でないが如し
0016132人目の素数さん2014/11/28(金) 17:27:31.64
おまえまじでいってんの?
0017132人目の素数さん2014/11/29(土) 11:00:00.93
まじ
0018132人目の素数さん2014/11/29(土) 11:15:23.12
これは痛い
0019132人目の素数さん2014/11/29(土) 17:38:05.21
>>2
まあまず>>4読め
「数学の破綻」「知性の限界」みたいな議論が
どれだけナンセンスか書いている

>>5
>一階論理を改造したZFCとかいうシステム
ZFCは一階論理を改造したシステムではありません
>ところがこれはZFCから出ない
ZFCが無矛盾ならばZFCから導出できません。
ZFCが矛盾するならばZFCから出て来ます。

>>6
>一階倫理
一階論理の間違いね。
>VのほうもV_ωとかLとかに入れ替え可能だし
V_ωにしたら置換公理成り立たなくなるだろ

>矛盾を含むことも証明できないから目をつむれってこと?
だいたいそれに近い。あきらめろってことさ。
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