真空
自然なあり方として人は自己を増大させようとする。自らをすり減らすというのは自然なことではなく、超自然的なことである。
自己無化に貫かれるヴェイユの思索は根底で神と結びつく。ヴェイユが残したノートを編集した本『重力と恩寵』の冒頭にはこうある。

魂の自然な動きはすべて、物質における重力の法則と類似の法則に支配されている。恩寵だけが、そこから除外される。

この世はひたすら下落へと向かう重力に支配されており、それから免れようにも重力に支配された魂は誤りを犯す。だから自分から高まろうとするのではなく、待望こそ必要とされるのである。
すべてをもぎ取られた真空としての待望である。そして真空とは自然なことではない。
ヴェイユによれば下落から逃れて高みに昇るのは恩寵によってのみ可能であるが、重力の下降運動、恩寵の上昇運動とともに恩寵の二乗としての下降運動があり、これは重力と無関係に自ら下降する。

神の代わりに世界を支配するようになった原理は、人格の自律性、物質の必然性である。神の自己否定によって存在を与えられた我々は神の模倣、つまり自己否定によって神に応えることができるという。
そして応答としての自己否定とは具体的には隣人愛と世界の美への愛なのである。この愛とは、神がそのように創造した世界を受け入れることと言ってもよい。

世界が善だから愛するというのではなく、悪をみつめ、悪を憎悪しつつも善と悪を造った神と、神が創ったこの世界を愛することを説く。
ヴェイユは偽りの慰めを退け、想像上の神を信じる者より神を否定する者の方が神に近いという。
全く神が欠けているということでこの世界は神そのものであり、この奥義に触れることで人ははじめて安らぐことができると、ヴェイユはノートに書き残している。

『シモーヌ・ヴェーユ著作集 第1 戦争と革命への省察 初期評論集』 春秋社、1968年。
『シモーヌ・ヴェーユ著作集 第2 ある文明の苦悶 後期評論集』 春秋社、1968年。
『シモーヌ・ヴェーユ著作集 第3 重力と恩寵』 春秋社、1968年。
『シモーヌ・ヴェーユ著作集 第4 神を待ちのぞむ』 春秋社、1967年。
『シモーヌ・ヴェーユ著作集 第5 根をもつこと』 春秋社、1967年。