直感的に、こうなるはず

そういう感覚が起きていよいよ本物

>>269こりゃ、「妥当ではない誤りと評価される直感を多発化させる段階、学ぶという発想が、現時点での自分からの演繹の帰結を客観的な真とみなす段階」にはいえるが、
それこそ「そういえるはず」と無条件に論理的な帰結を信じちゃ自己同着だな

ま、明示的な論理的操作から概念を形式的に獲得する段階を目指しつつも、その後はその直感化を計り、明示的な形式操作をせずとも「こうなるはず」と結論が思われてしまう段階を目指すんだな

これは記号の形式の暗記ではなく
概念の創造とその感覚化が大切という話と基本的には同じ話だ