これは
哲学を論理的な世界と思ってるバカに通じるものがある

まあ、確かに論理的ではあるのたが
ポイントは概念的であるということ。
だ、か、ら、そここらの、また、それへの論理的な思考が可能となる。
ちなみに馬鹿は形式論理学でも術語論理的でもいいが、
論理的思考一般なるものがえると思っている。病気だな。

話が教養に流れるのでもとにもどすと
数学も哲学も、はなはば直観的に認識される。
そこに到るまで、明示的に論理的に考えることはあっても、
そして得られる認識内容がまさに論理的な構造をもつ概念であっても
人間には、それが「そういうもの」
と直観されて本物

「ええと、ええと、エイトマン!」
なんて考えている間は、またまだということだ

大切なのは基礎に降りていくこと
すぐ応用に走るのは馬鹿
でも、日本では仕方ない面はあるな