>>0のアンフェアな点は、
「定義できない」派の主観性を指摘しながら、
「0^0=1」の主観性には触れていないことにある。

指数法則に矛盾しないだけなら、
0^0は1でも0でもかまわない。
0^0=1の利点は、>>13にも書いたように
x^0が定数関数1になるこてに尽きる。
クヌースなど有名な0^0=1論者の論点もそこにある。
しかし、そのためには、x<0でもx^0=1とせねば
一貫しない。もはや、指数法則との関係もなくなる。
式の表記の都合だけで、そのような拡張をするのが
美しいかどうかということ。

私の主観的な意見は、x>0,y∈実数でのx^yを
解析接続によってx,y∈複素数まで延長するのが
美しい…というもの。その法則では、
x=y=0はx^yの定義域には含まれない。
無論「解析接続による」というのは、主観に過ぎない。
賛同者の多い主観だとは思うが。