>>492
>考え方的にトランプ配りのような形も有りうるという話は含む。それに加え、「一あたりの数×幾つ分」も「幾つ分×一あたりの数」も正しい"考え方"。
前者と後者を同時に主張するのは単なる馬鹿だ。
後者のみで十分で、たとえトランプ配りの話をしようとトランプ配り自体「3×5」でも「5×3」でもよく、
トランプ配りが「5×3」の根拠にならないのだから。

直積の話を持ち出す以上(3,5)と(5,3)は数学的に明確に区別されるものだということは問題ないな?
ここでは計算結果など問題にしておらず交換則は関係ないのだから。
具体的に実数だ乗法だとなると、とたんに抽象的思考ができなくなってしまうタイプなのか?

同様に、立式においても計算結果など問題にしておらず交換則は関係ないのだよ。
立式においては、数学的なこと、や計算結果などは別の判断基準となるルールが存在することになる。

>それに加え、「一あたりの数×幾つ分」も「幾つ分×一あたりの数」も正しい"考え方"。
まず、この「正しい"考え方"」と判断した根拠を説明してくれ。

次に、正解とする基準として計算結果である「総数」を求める手段のみを考慮しているかの確認のため、
「1皿6個の饅頭が10皿あるときの饅頭の総数」のとき、長方形に「3×20に並べる」「4×15に並べる」と
いったこともできる訳だが、「3×20=60」「4×15=60」も正解と見做すのか答えてくれ。
「そんなことを言い出したら切りが無い」とか言って逃げるなよ。
そもそも「そんなことを言い出した」のはそちらなんだから。