瞬間速度という概念が、微分という便宜的な算法を使わずには成り立たない、あるいは
概念上の困難がある、ということを前回に述べた。日常的な考えに従えば、速さという
概念は、あくまで一定の時間が定義されたとき、その時間内に移動する距離との比に
よって与えられるものだからであり、「瞬間」である限り、そこには一定の値を持つ「時間」
が定義できないからである。

それを微分を使って切り抜けて、見事に成功をおさめたのが、近代力学であった。しかし、
そこに争い難い問題が残ることも確かである。

それは結局時間幅をゼロに近付ければ移動距離もゼロに近付くはずなのに、移動距離の
ほうだけはゼロにならない、という微分の言い抜けである。

(村上陽一郎、科学哲学の窓:時間を巡って (承前)、『図書』1999年3月号、58-59頁より)

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著者は東京大学名誉教授の科学哲学者です。チェロもプロ級の腕前だそうです。