>>185
★前半に関して★

そもそも「全ての学生に対して講義が分かり易い」という考え方そのも
のが間違い。何が分かり易くて何が判り難いかは受け取る側の問題であ
り、従って受け取る側の学生が主体性を持たない限りはどんな講義をし
ても無駄である。問題点は学生が『唯黙って講義を聴いていればソレで
理解が可能』と受動的に考えている事であり、アメリカの学生は決して
そういう態度では臨まない。出来が悪い者達は問答無用に振り落とされ
るという緊張感が必要であり、その『何事も自己責任と考える』という
姿勢がなくて、唯単に「徹底的に相手の要求に合わせて講義を行う」と
いう日本式の考え方が『馬鹿の大量生産』という敗北を招く。

★後半に関して★
普通のレベルであろうと、或いは優秀なレベルであろうと、伸びる伸び
ないは『学ぶ側の主体性の問題』であって、決して「教官の側の与え方
の問題」ではない。そもそも『ダメであれば幾らでも振るい落とす』と
いう厳しい考え方があればこそ、生き残った者達が賞賛されるのである。
誰も落ちこぼれない制度からは優秀な人材を確保する事は不可能である。

繰り返す。馬鹿や低脳を問答無用に始末するからこそ、優秀な人材が確
保されるのである。馬鹿や低脳に対する配慮という無駄な事をするから
誰も自己責任としての努力をしなくなるだけ。弱者に対する日本の甘い
考え方こそが、全体のレベルをダウンさせる元凶である。馬鹿や低脳に
対しては問答無用に厳しい態度で接しなければならない。

以上。

狢