「キリスト教徒の権利と義務」では
キリスト教徒は神を信じる義務を負って、その
安全保障という権利を得た。その権利を保証するのは神様である。
「人権」では、どうか。
それは人であることの義務を果たして、その権利を得る、という。
しかしジョン・ロックの場合、その権利が誰によって保証されるかを
述べなかった。キリスト教徒なら神だが、人権教徒ではなにか?
後に「・・・それは結局国家である」と認めた。人権を信じるのなら、
国家がこれを保証する、ということだ。これもさっき上で言った
ばかりのようにごく一般的な国家運営でしかない。人権など
信じなくても、国家は民の安全を保証する。ではこのあえて
彼が新しく提唱した人権という概念は一体なにを
特別に指し、第二次大戦後の世界支配について
意味を成すのだろうか?