例えば超準解析で実数体 R と任意の実関数 f たちを付け加えた構造を考えて
その上の論理式考えたりするけど、
あんな感じで考えると普通に数学の問題を考えているときの量化の仕方と
形式的な論理式としての量化の複雑さがほぼ一緒になると思うけど。
(あくまで"便宜的に"与えた一例)。
理論が公理化可能じゃないとか素直じゃないとか言われても知ったことじゃない。

言語とか論理式ってのはロジックを一般の数学に応用するときに
便宜的に定義するものであって、応用される側から見たら
そんなに本質的なものじゃないと思うんだけどね。
一般的な代数学や解析学では量化の複雑さを制限したりもしないし、
それ以前に言語を敢えて固定してその範囲で議論したりもしないように思う。
しかも一階論理で必要十分な定式化をしづらいような性質・対象も平気で考える。
定式化がやりにくいのはロジックの表現力がダメだからで、代数学や解析学の責任じゃない。