6月14日(水)
京大数学教室というのは、立命館の数学教室とは全然雰囲気が違う。
立命館のように教員と学生が和気あいあいという事は無い。
ゼミでは教授がさんざん学生を絞り上げ、出来の悪い学生は「君、もう数学はやめなさい。単位はやるから、来週から来なくてよろしい。」とどやしつける。
教授の辞書に「手加減」 なんて言葉は無い。ゼミが終ったら雑談無しでさっさと解散し、家に帰って勉強する。
学生は真剣に数学をやっているグループはその実力によってマゾかサドかのどちらかに別れ、数学者目指すのはちょっと、というグループは死んだ フリをしている。
立命館のようにみんな一緒の仲間意識は無い。そもそも 立命館名物小集団クラスの「友達作ろう」軟弱路線は、京大数学教室の対極にある概念なのである。
当然レポートの写し合いなんて考えられないし、レポート見せてくれなんてヌケヌケと言う輩は「プライドのかけらもない人間のクズめ!そこまで落 ちぶれてまで生きている意味があるのか。」と「社会的に抹殺」される。
また、京大名物学生同士の潰し合いというのがあって、メジャーとされる分野の院生が、マイナーとされる分野の院生の所に言って、今時そんな研究して何になるんだ、お前の未来は真っ暗だと「サドる」。
演習の時間は、担当教員そっちのけで発表者の答案の間違いを指摘し、「お前何どん臭い事言うとるんじゃ。ちゃんと考えて来んかい!」と「サドる」。
「サドら」れた子は、ナマス斬りにさ れた苦しみに身悶えしながらも、目をランランと輝かせて「マゾる」。
以上は ほとんど私の学生時代の事だが、今でもたいして変わってないだろう。
同級生で他大学の大学院に行った友人は「京大は雰囲気が滅茶苦茶悪い」と大変嫌っていた。
私は正真正銘のマゾ学生であったが、数学教室とはこんなもんだと別に気にもとめていなかったから、友人の言にも「そうかいな?」という感じ。
今 でも「なつかしいなあ」なんて気持すら持っている。(またイジメられたい とは思わないけど。)
京大のような数学教室ばかりでないと知ったのは、うんと後になってからである。

http://www.ritsumei.ac.jp/se/~takayama/DIARY/Jun00b.html