>>72
>群論であっても義務教育同様「a÷bc=a÷(b×c)」であり、結論1だよな

>>67の
>算数だって群論の域を出ないが
は、「算数で出来る計算は群論でも出来る」ということをいっているだけであり、
だからといって「群論の計算は算数と同じである」訳ではない。
群論でもギムと同様の結論1になるといえるのは、
「a÷bc=a÷(b×c)」という定義をしたからいえるだけ。
「a÷bc=(a÷b)×c」とか「a÷bc=(a÷c)×b」と定義することも出来る。
「a÷bc=(a÷b)×c」と定義すれば、「6÷2(1+2)」は
群論では>>64の下から数行目でいうと「6・2^{-1}(1+2)」を指し、答えは
6÷2(1+2)=6÷2×(1+2)=(6・2^{-1})・(1+2)=6・2^{-1}(1+2)=9
になり、「a÷bc=(a÷c)×b」と定義すれば、「6÷2(1+2)」は
群論では>>64の同じあたりの「6・(1+2)^{-1}2」を指し、答えは
6÷2(1+2)=(6÷(1+2))×2=(6・(1+2)^{-1})・2=6・(1+2)^{-1}2=4
となる。ギムで答えが一意に決まるからといって、
群論で考えても答えが一意に決まる訳ではない。
「6÷2(1+2)=1」とすることは単なる1つの御約束に過ぎない。
外国では答えを9や1にして教えるだか何だかしているようだが、
それはそういう御約束をしたんだから、答えが人種や場所により違ってきて当たり前。
まあ、一般的な定義の仕方では答えを1か9にする定義が自然だ。
群論では一般結合則に則れば9とするのが自然だ。