こんなのがあった

http://leonhardeuler.web.fc2.com/documents/column9.html
私のオイラーとの出会い オイラー研究所名誉所長 佐々木 力 (SASAKI Chikara, Honorary Director of the Euler Institute in Japan; 東京大学大学院総合文化研究科・数理科学研究科教授)

 先日、京都大学数理解析研究所での研究集会「数学史の研究」での講演に赴いた際、会議場に「オイラー研究所」の名前を冠した文書が並べてあった。
 それらを手にして、私は九州大学の高瀬正仁氏の「仕業」であることをただちに感得した。彼に問い質したところ、たしかに自分が所長だということであった。
 しかし、インターネットにそのことを明かしてはいないということであった。以前からオイラーにただならぬ愛着心を抱いていた私は、高瀬氏に「私をも所員にしていただけないか?」とお願いした。
 ところが、高瀬氏は「ただの所員では畏れ多いので、名誉所長なら受け入れる」ということであった。
 そのような高瀬氏の要請なら断れないと考え、かつ悪名を轟かせている昨今の私には珍しい「名誉職」と思い直し、名誉所長という役職での研究所入りを決意した次第であった。
 しかし、研究所とはほとんど名ばかり、実態は、高瀬氏周辺の若手研究者数名の有志団体なのであった。

 このような経緯で、日本オイラー研究所は実質的に走り出すことになった。
 以上の会話は、2007年8月22日午後のことで、翌23日夜には、他の数学史研究者数人と祇園に繰り出し、オイラー研究所立ち上げをそこの由緒ある店で宣言することとなった。オイラー生誕300年目の快挙ではあった。

 京都から横浜に帰還すると、ただちに高瀬氏から、オイラーの名著『極大もしくは極小の性質をもつ曲線を発見する方法、別題、最広義で解釈された等周問題の解答』
 (Methodus inveniendi lineas curvas maximi minimive proporietate gaudentes, sive Solutio problematis isoperimetrici latissimo sensu accepti, Lausannae & Genevae, 1744)の原典コピーが送られてきた。
 東京大学大学院数理科学研究科所蔵のかつて見た稀覯書のコピーであった。私をオイラーの無類の称賛者たらしめた著作にほかならない。

 私は、1976年秋からプリンストン大学大学院の院生として本格的な数学史研究に踏み出すことになった。
(以下略)