倉田令二朗がガロアを読む: 第1論文研究>>6の序論の「5.文献」で「[守屋]はは現代的理論による強引な解説という立場であって、・・・、しかしそれは徹底したもので、結局たいへんお世話になった」とある
同感だ。[守屋]の解説は、現代数学目線で、ガロアの論文を理解しようという視点は薄い。だから、[守屋]の解説を読んでも、原論文の意味がなかなか取れなかった

もしそうでないなら、倉田令二朗があとがき>>6で、「他の多くの人達と同様、私はなんとか古典を理解したい思いにかられ、過去何度も挑戦して挫折した経験がある。最近共同作業のおかげでようやくガロア第I論文し得て原稿化したが・・」と書くこともなかったろう
(前スレ633にも書いたが)(倉田令二朗にしてこれだから、普通の人は挫折して当然なのだろう>>1)

なお、ガロア第I論文を理解しようとするなら、守屋>>4に加えて倉田>>6とJean-Pierre Tignol>>39と、あと中村>>2を併読すべし