数学で、
それまでの歴史的経緯を無視した、
まったく新しいオリジナリティあふれる問題を
まったく新しいオリジナリティあふれる手法で解いたとする。
新し過ぎて従来の標準的な手法と全くかぶらない。
そう、高校数学さえ使わない。
証明は確かに知性あふれるアイデアに詰まった
そこそこながい論文だ。

さて、これをどこの権威ある雑誌が引き受けるか?
だれがレフェリーするか?
そして誰が読者になるか?
それを誰がどこの講義でそれを紹介するか?
それに続く研究を行う研究者がどの位出るか?
だれがどんな賞をその論文に与えるか?

もしかしたら、神はその論文が大理論に進化する余地を知っているのかもしれない。

しかし、知性ある人間の数は生物学的に一定数を超える事はない。
自由に自分の研究テーマを切り替えられる研究者の数も限られる。

おそらく、それは歴史から消えていくだろう。