集合論に対する攻撃は、逆理とやらが見つかる遥か以前から
クロネッカーによって行われてきた。

カントール、ブラリ・フォルティ、ラッセル等の逆理は
ツェルメロの公理系によって解消されたが、これとは別に
整列定理を証明するために用いられた選択公理について
フランスのボレル等が採用すべきでないといいだした。

ヒルベルトによる「数学の無矛盾性証明計画」は、
逆理のアドホックな解消ではなく、むしろ無限に対する
様々な形での不信を解消するための絶対的保証であった。

しかしながらそのような計画は不完全性定理によって灰燼に帰した。
さらに、選択公理については、選択公理ヌキの集合論が無矛盾という
前提の上での相対無矛盾性が証明された。(いずれもゲーデルの仕事)

つまり絶対的無矛盾性という基礎は構築できなかったのみならず
それぬきでも一応解決できてしまった。
「数学基礎論は死んだ」といわれる所以である。