>>665
湯川秀樹が1935年頃、八木総長に呼ばれて
阪大に移った。しかし、湯川は懸案の問題で
悩んでいたが、八木教授はそれを理解しようともせず、
頭ごなしに「それでも研究者か!?怠けモン」
と怒鳴りつけたそうだ。
それで阪大を飛び出した湯川は業績を挙げた。
しかし、湯川は「阪大は商売人大学」と
揶揄して嫌っていたそうだ。