アジアはなぜ四則演算さえなかったのか?・・2
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0690132人目の素数さん
2011/12/18(日) 00:07:21.83計画都市なんて出来ない
インド数学
ヴェーダ数学は器時代の初期に始まり、シャタパタ・ブラーフマナ(紀元前9世紀頃)で円周率を小数点第2まで概算していた
シュルバ・スートラ(紀元前800〜500年頃)は幾何学テキストであり、無理数、素数、帰一算、立方根を使用し、2の平方根を小数点第5位まで計算し、円積問題の方法論を与え、線型方程式と二次方程式を解き、ピタゴラス数の理論の代数的な展開と、
ピタゴラスの定理の記述および数値的な証明が与えられている。
パーニニ(紀元前5世紀頃)はサンスクリットの文法規則を定式化した。
パーニニの記法は、現在の数学的表記と同様であり、メタ規則、
変換および再帰は洗練され、その文法規則はチューリングマシンと同等の計算能力を持っていた。ピンガラ
(Pingala) (およそ紀元前3〜1年)は、韻律の論文で二進法に類似する仕組みを使用した。彼の拍子組合わせ論は、二項定理
に類似する。ピンガラの作品はまた、フィボナッチ数の基本的概念(mtrmeru と呼ばれた)を含む。紀元前400年から西暦200年の間、ジャイナの数学者は数学の唯一の目的のために研究を始めた。
彼らは最初に超越数、集合論、対数、および添字、三次方程式、四次方程式、列と数列、順列と組合わせ、二乗と平方根導出、有限および無限冪乗について、基本法則を発展させた。
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