>>4

> 一階述語には、議論領域(ドメイン)というのがあるが、
> これはZFCの集合で記述されることになっている。
> でも集合論を構成するのにすでに、一階述語論理を使ってる。
> 循環論法ではないか。

はじめてに断っておく。
数理論理学は無から数学を生み出す技術ではない。

> また、公理系のモデルを考えるときに対象領域とか、
> 写像とかZFCの上での議論になるが、
> なら集合論のモデルはどうやって議論するんだ?

論理式は考察対象となる世界、モデルはメタ世界として分かれている。
考察対象となる世界のただの記号の羅列である論理式の意味を、
既に集合論の存在するメタ世界のモデルで解釈する。
これが数理論理学の基本的な手法。

> この場合、集合論より大きな体系で議論することになっているが、
> これでは何時までたっても相対的な議論しかできないではないか?

まさに集合論の無矛盾性証明は相対的な議論である。

> ゲーデルの不完全性定理が出た時点で、数理論理はオワコンなんじゃないの?

解のない方程式の存在が代数の終焉を意味するだろうか?