数学と、数学を分析する超数学を分けることにしよう。
(後者だって数学だってのは置いておいてだ。)
「数学としての集合論 vs 数学の基礎としての集合論」で
その「数学の基礎としての集合論」のウリは超数学に使えるってことだ。
当然、超数学の側の都合で、分析対象である数学を勝手に変えてはいかん。
客観性、これ科学のキホンね。

基礎の公理が嬉しいのは超数学の側の都合でしかない。
もちろん分析対象を変えなくて済む範囲ならそれでもいいかも知れん。
が「循環現象の数学」を「数学」から外さないと、となるとどうか。

「循環現象の数学」は計算機や情報科学であって数学じゃない、というのもありだ。
「基礎論なんて数学じゃない」と言われることも覚悟の上なら。