森毅
 「浅田彰は何でも知っている、分かっている、ということでスターになったが、
 それは単に性能の良いコンピュータのようなもの。彼の真価はその編集能力にある。
 一見、関係がなさそうなことを変換してきて別の文脈に関係づけ、それをうまくアレンジして並べる、魔術だね。」

「浅田彰との出会いは、ぼくが自然科学史ゼミをやっていて、ある年そこに入ってきた。
 可愛らしいぼうやがキザな格好をして、隅のほうにショボンとしている。それが彼だった。
 彼はものすごく便利な子で、うちに遊びにきたときなどに女房が、「ジャズピアノ興味あるけど、どう弾くの?」ときくと、
 パッと自分でジャズピアノの練習曲を作って持ってきてくれる。食器棚買いたいと言うと、あすこのがいいと案内してくれる。
 神戸に遊びに行きたいというと、「ここのコーヒー屋さんがおいしい」と、神戸のプレイマップを作ってくれる。
 彼はすべてに通じていた。ありとあらゆる分野の、珍しい新しい情報はみんな彼が教えてくれた。
 「これが一番新しいLPです」「橋本治、おもしろいですよ」高橋源一郎が出たときも教えてくれた。
 どこからか情報を獲得して教えてくれる。
 彼は医者の息子だから、裕福な上に、高校の時に山口昌男の本を全部読んでいて、京大在学中に六本木で週一回ピアノを弾いていた。
 彼の家にいくと、玄関に大きなミロの絵がかかっている。小学校からサティの音楽を聴いて、ミロを眺めて暮らすとああいう子が生まれる。」

・18才で蓮實重彦の著書の多数の誤訳を全て直し手紙を送った。後に会った時に感謝される。
・行きつけのお洒落な店でコーヒーを飲みながら佐藤幹夫の「無限次元グラスマン多様体とタウ関数の理論」などを読んでいた。