数学教育について語る
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0649132人目の素数さん
2011/02/10(木) 18:39:50物語の切り取りを読ませることを批判しているので、想定されうる代替案は物語の全貌を読ませるか、物語文を扱わぬようにするかだが、これが不明確。
が、日常的に物語の切り取りには触れている訳だ、といっているので、国語で物語文を扱わなくとも日常生活で読解力は十分に養われるから、物語など扱わずに文法や漢字の教育を徹底しろという、後者の論旨になるだろう。
世間に読解力のない大人がいるから、彼の言っているような国語教育は意味がなかったというが、
これはあたかも、自転車から車に乗り換えたら初速が落ちたから、自転車のほうが速いと言っているようなもので、論理的でない。
当たり前のことだが、教育の成果を計りたいならば、十分な母集団に対して調査を行わなければいけない。
また、読解力のない大人が多いという情報も、定かではない。
そういう確証をもって生活していれば、心理学効果によって、その確証に適った情報がより強調されて認知される、なんてことは常識であるし、
正確は正確でも彼の周りでは正確というだけのことかもしれない。
あるいは、彼の頭がよすぎて、他の平均的な人が彼の思考力についていけないだけかもしれない。
そもそも、読解力のない大人が多い(から国語教育は無意味だった)という主張は、先にいった日常生活で読解力は鍛えられるという主張にも矛盾する。
だいたい、「物語の切り取り」という言い回しを繰り返しているが、なんの意図があるのか俺にはさっぱりわからない。
評論などの文章と区別して物語と言っているならば、一言ことわれば以降はもっと簡潔に表現できるものを、わざわざ野暮ったい表現を繰り返すのは、何か意図があるんだろうが、この文章からは判断しかねる。
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