>>196
「古文解釈の方法」だと、対者敬語という呼び方をしている。
特定の状況で用いるから、謙譲語とも丁寧語とも言いづらい語ということである。

会話文中(それに準ずるもの)かつ、1人称(話者)の動作「思ふ・見る(聞く、知る)」につく。
1人称主体であることから謙譲語にされることもあるし、丁寧語とされることもある。
ただ「侍り」、「候ふ」のようにどんな語にでもつく丁寧語とは異なる。

一応、丁寧語に近い語として扱う方が役割、訳的には順当という判断を、この参考書だとしている。
結局のところ、実際の例とともに理解しておくのが適切では!