自分の国の古典というものは、民族の宝である。りっぱな国のりっぱな人たちは、みな自国の古典について深い理解と高い誇りを持っている。
イギリスでも、フランスでも、ソ連でも、中国でも、古典はたいへん尊重されている。古典を尊重しないような国は、下等な連中しか住んでいない国だと考えてさしつかえない。
ところが、戦後の日本では、古典を軽視することが進歩的であるかのような誤った考えが横行し、西洋の近代芸術をまねることが日本を世界的にするとでも考えているらしい人たちは、
高校の教科書課程から古典をひどく減らしてしまった。 そうして、悪文の標本としか思えないような舌足らずの現代文が入試問題に登場し、吹けば飛ぶような三文作家の名が、
人麻呂や紫式部や芭蕉とならんで出題されている。こんなばかげた話はない。