>>232
> 林晋とか野矢茂樹はまともな方
> 例えば山下正夫の論理学史とかの数学観がゆがんでる
> 数学を知らない人間が理解できる浅い部分だけを掻き集めてきて
> 数学・論理学の歴史にしちゃってる

というよりは、山下正男の『論理学史』は、現代風の数学化された論理学
つまりは数理論理学が成立する直前までの論理学の歴史を扱ってるだけだろ。
Frege, Boole, DeMorganの出現あたりのまでの論理学の歴史ならば
論理学は数学の一分野ではなくて基本的には哲学の一分野だったし
そういう哲学の一分野としての論理学の歴史だから
山下本みたいになるのは当然だと思うが。
記号論理学となって論理学も数学的手法で扱うのが当然になったのは
上の連中の仕事を受け継いで形式化を推進したRussellとかG\"odelとかからだろ。
つまり数学化された論理学は論理学の長い歴史から見れば非常に最近の話だと思うよ。
それまでの論理学は思考や論証の正しさのような哲学的な目的で検討されて来たんだから
論理学の歴史を扱えばむしろ山下本のようになるのは仕方ないんじゃないの?
実際、山下本はRussellもG\"odelも扱ってないから数学化される前までの論理学史のつもりだろ。
その古い論理学で登場した様々な概念を現代の数理論理学の言葉や道具を用いて説明してるだけだと思うが。