纏まりのない選択

 実践的な選択は他方のほうが良かったのではないかという疑いを持つ。分岐点からしたら良いこと
を思い巡らせるのであり、一方、本当にこれで良かったのかというのだ。
 これは私の観念を欠いた選択である。選択に私の観念を欠くと私のしていることよりも、もっと
良いものがあったかもしれないというのである。
 しかし、私のいない選択肢を証明しているのである。想像なり、常識が思い巡らせるほど私の無い時間
が有意義になるのだ。
 私が選択するということは、どうすれば私は望みのものに辿りつけるというのだ。これが私は選ぶという
のだ。

 私は選択するということが纏まりのある選択というのだ。