背景となるアイデアを丁寧に説明されても、むしろわかりにくくなることもあるよなぁ。

公理系や新しい概念の定義の動機付けの話ってのはわかりにくくなりがち。もともと、複雑になりがちな議論の
共通の骨格を頭いい奴が見つけて整理したときに作った目印が公理系や概念であって、教科書を読んでる
ようなヒヨコに実例での動機付け説明を長々とされても理解不能。

それに、動機付けの議論が「勝手な色」をつけてしまう弊害もある。たとえば、ガンマ関数を「階乗を連続にしたもの」
という動機付けで導入するような教科書があったら、その本を読んだ人は「へー、ガンマ関数ってのは組み合わせ的な
議論に使われるものなのかなぁ」などという先入観を持ちかねない。

そういうわけで、仕掛けを隠すというのは必ずしもガウス気取りの身勝手な審美眼というわけでなく、その理論の
普遍的な性質を明確にするという意味があるのじゃないかと思ってる。