数学の魅力
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0857252 ◆JKnFIPiy8g
2008/06/16(月) 22:29:22現代数学社(1989)からの引用を続ける(自戒を込めて)。
注27
「若者たちの気取り」、あるいは純粋性の擁護者たち
ロニー・ブラウンはJ・H・C ホワイトヘッド(ブラウンは彼の学生でした)
の考察を私に知らせてくれました。
ホワイトヘッドは、「ある定理は、その証明がトリビアル(自明)だから、
トリビアルと信ずる若者たちの気取り」について語っているということです。
(中略)
私はこのことについては特に敏感です。
なぜなら数学において(また他の事柄においても...)私がおこなった
最もよいもの、私が導入した、もっとも実り多いと思われる概念や構造、
そして忍耐強く、執拗な仕事によって、これから引き出した基本的な性質は
すべて「トリビアル(自明な)」というこの形容詞の下におかれてしまうもの
だからです(今日では、これらの事柄はどれも、もし著者がすでに名声を
獲得していなかったならば、「報告」(CR)のノートとして受け入れられる
機会を得られなかったでしょう!)。
私の人生を通じて、数学者としての私の願望、あるいはむしろ私の情熱と
喜びは、つねに明らかな事柄を発見することでした。
(中略)
多くの場合、決定的な事柄は、まだわかっていなかった問いを見出すと
いうことであり(それに対する解答がいかなるものであれ、また解答が
すでに見い出されているか否かを問わず)、まだ認めらておらず、
理解されてもいないある状況を要約し、含んでいるひとつの命題
(予想であったとしても)を引き出すことです。
それが証明されたとしたら、その証明がトリビアルでもそうでなくとも
大したことではありません。それはまったく付随的なことです。
また大急ぎで、臨時的におこなった証明がまちがっていることが
わかったとしても同様です。
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