長岡亮介氏が学閥で数学者になれなかったなんてことはないよ
むしろ学閥で大学の教員の地位を得ることができた
数学を研究する能力のない人が大学の先生になった例に相当している
才能がないのに、ここまでなったという意味では
よい人生だったのではないかな?

長岡氏ほどでないにしろ、2月の数セミで長岡氏と対談している
N氏やS(正彦)氏も数学者としての業績が
疑問なのではないでしょうか?
数学から数学史とか数学教育に専門を変えた人には
研究が出来なくなったか、もともと深い研究を
していないか、という気がします。