確かに>>670さんの本音も大変に良く判りますし、さりとて>>671さんの
ご意見もきっと正論なんでしょうね。でも雑誌の数が余りに沢山あっても、
其処へ投稿されるべき質の高い論文が供給不足では、今の大学院と全く
同じ事になりはしませんか?

猫の印象では「紀要を発行している」というのは対政府や対一般社会に向け
ての「言い訳」というか「体面」みたいなモノではないでしょうか。もしそれが
「違う」というのであれば、それでいいのでしょうが、でももし「そう」ならば、
無駄なお金を掛けて「体裁を取り繕う」よりも、何か別の事に時間とエネルギー
やお金を使った方が良いのでは、と思ってしまいますが。