>>500
>ちなみに>>493(の後半)の目的は、(本音をぶちまければ、)278=279さんの考え方では、研究者としては
>うつわが少し小さいのではないか、という忠告です。

(1) 1=2なんだよ、と”明らかな間違い”を犯している人間の場合:
「お前は間違い、自分が正しい」という論調で接しても、うつわが小さいことにはならない。
(2) 正しいのか間違いなのか、すぐには判断できない主張をしている人間の場合:
「お前は間違い、自分が正しい」という論調で接するのは、「うつわが小さい」かもしれない。

>1に当てはまるのは(1)のケースであり、(2)のケースではない。従って、>1が主張する
「うつわが小さい」は、>1による単なる評価ミスであり、何の説得力もない。よって、
それに続く「うわあ、俺、おせっかいで生意気な忠告しちゃったYO!」という
書き込みも、全く意味を成さない。>1は、「おせっかい」とか「生意気」とか「忠告」とか
口にする前に、自身の主張がこういう根本的な欠陥を抱えていることに気づくべきだった。
>1の書き込みは、「おせっかい」でも「生意気」でも「忠告」でも何でもない。単なる
「>1による間違った評価」に過ぎないのだ。

「いや、俺は(2)のケースに当てはまる!>278はうつわが小さい!」と思っているのは>1だけである。
だから、>278が「うつわが小さい」と感じてしまう。
では、なぜ>1は、「いや、俺は(2)のケースに当てはまる!」と思っているのか?それは、
>1が無学で知識不足で実力不足でトンデモだからだ。自分の”明らかな間違い”に
気づけないから、――あるいは、気づいたあとも、その無学さと無知さゆえに、自分の
犯した間違いが「明らかな間違いだった」と感じることが出来ないから――自分が(2)の
ケースであると勘違いしてしまう。
いくら周りが正しく接していても、トンデモにとっては「相手の方が悪く見える」のだ。


ちなみに、「お前は間違い、自分が正しい」という論調なのは、むしろ>1の方だろう。